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趣味読書について

Category : 日常的雑記
趣味、読書についてつらつらと考えたい。

私が小説を読むことを習慣にしたのは大学生になる頃です。私は中高生時代を「何を考えているかわからないひと」として生活していました。友人との登下校時の会話も3人いたら私は一緒に話をきいているだけ、とか。気の合う友人とも二人で何を話していたのか思い出せないし、クラスメイトにも私は何を話すのかわからない存在だったのだろうと思う。自分でも自分の気持ちを伝えるための言葉をもっていなかったのだから。
そんな私は大学デビューをひかえ、このままボキャ貧のままでいるとヤバいぞ…と危機感で「本を読まねば」と真剣に思ったのでした。気の合う友人に真剣にそう話すと「あほか」いわれたけど。

本を好きな人の言葉が私を本の世界に誘ってくれた。小説家さんも自身の書斎や、読書体験を文芸誌などメディアで言葉にして、本を読むことの面白さを伝えてくれるいい時代に生きていてよかった。好きな読書を、文芸を仕事にしている人が巧みな言葉で読者に伝えてくれることが「敷居は低く、間口は広く、奥行きは深い」読書を趣味にする契機になりました。

自分の興味のアンテナを思うままに伸ばし、読み、読み、読みまくる。そんな時間のあった時代は私にとって今の支えになっている。今はいい時代です。作家さんも個人のSNSアカウントで情報発信したり、日常を言葉にしてくださったり。作家さんをもっと身近な存在になっていたりするのかな。

「受容」「共感」という言葉が、私のテーマになっているようです。
自分ではない人の言葉を自分のことのように消化することを読書でしてたのだろうと思う。
小説の言葉を、批判や批評をするように読むことは不思議と私はなかった。
利己的に、自分の思う通りに…ならない物語をそのままの私で読んだ。
読書は、他者の思考を沈黙の中で聴く行為。物語の展開をそのまま受け入れる行為。

それは一方通行のようで、読者は自分の気持ちとも対話することになる。そうして自分の言葉をもたなかった私は今、誰かの言葉を養分に自分と対話し、誰かと混じった何者かの私になった。ふくざつに。

ふくざつ。だけど、それはあまりに人間的で好き。そんな自分を好き。
好きなことを、好きな言葉で、自在に扱うことができ、それを他の読み手と共有することが今の時代はできる。読書歴二十余年。私は今年、二度目の成人を迎えた。

君とみた夢

Category : 作詞
「永遠の愛を信じてる」と 無邪気な君のは まっすぐに
前世ずっとまえから 変わらないキミがすきだよ」
アクセル振り切って!

君のいない未来なんて まぼろし
永遠が二人にはあるって
君とみた夢 歌にして
届け!孤独抱えてる者へ

使い古された言葉たちが 漂う 意味もなく Love song
これが最後と 祈る歌には 罪はないけど
鎖を断ち切って!

君のいない未来なんて まぼろし
永遠が二人にはあるって
君とみた夢 やさしいイメージ
君と僕と ここにある生命いのち

君のいない未来なんて まぼろし
永遠が二人にはあるって
君とみた夢 この手 はなれて
異国の地で芽吹いたらいいな

愛が世界 変えるというなら……

Happy Days

Category : 作詞
春の木漏れ日のような優しい君は
時折少年のような顔を私にみせる

夏の陽射しのように射すまなざしは
鋭さに慈しみがまじる

”しあわせ”って どんなだろう?
「ありがとう ありがとう の人生です」

伽藍堂のあたまに 夢 つめこみたい
伽藍堂のあたまに 夢 つめこめたい

秋の実りは 私のこころを豊かにします
冬の厳しさは 春のあたたかさを祈り願う

ひとは皆ちがうから 争うのでしょう?
誰もが自分は正義だと思ってる
ひとは皆ちがうから 支え合うのでしょう?
独り ではない強さをもって今を生きる

伽藍堂のあたまに 夢 つめこめたい
伽藍堂のあたまに 夢 つめこめたい

山には山の 理がある
海には海の 理がある

我,おもう.我は何者ぞ?
我が魂,我が心の思うままに…あれ!

”しあわせ”って どんなだろう?

介護福祉士Yの独白

Category : 日常的雑記
ここはオープンに。
私の本音もひらけて記します。

私は誰かの役に立ちたいと考えているようです。
それは翻せば、「役立たずだと思われたくない」とも思える考え方です。

社会福祉は私の天職なのでしょう。
そして、同じくらい自分に不向きな仕事でもある。

他者に心を注ぐことは、私を表現することと相反するよう…
他者に共感することは、私の心持ちを他者に委ねるよう…

それでも他者と”こころ”を共鳴できたような体験が、私の仕事の矜持。
老いを深めた方たちとも同じ目線で心を共有し、
私もこころを委ね、委ねられる関係性は、心地よい安心を”私たち”にもたらす。

こころの主導権はご本人にあってほしい。
どんな心身状況にあっても、介護者にすべてを委ねないで…と祈る。
私たちは、ご本人様の意思を尊重するよう学んでいます。
ご本人様は、ご自身の主導権を私たちへと手放さないで…と祈る。

ひとが、自分の思うように、思うままに表現できる世界を望む。
表現方法はどんなものでも。こころをひらいて表現できる世界を私は望む。

その表現を、私は私の心のままに受容したい。
それが、わたしの、ひとの役に立つという、務め。

しあわせって(2)

Category : 日常的雑記
社会福祉に関わる現場で働いていると、幸せとはどんな状態か――という問いと向き合うことになる。ひとはどんな時に幸福を感じ、”生きている”と実感できるのか?と。今、学校教育において自己肯定感をもつことが必要とされていて、それは児童に限らず今を生きる大人にもあてはまる。私たちの時代の教育では討論(ディベート)すること、つまり自分の意見を表現するために他人と議論することを求められた。しかし、世の中には自分が正しいと証明するために他者を批評、批判、ジャッジする人が一定数おられる。残念なことに。自己肯定は他者否定で満たすものではないと私は考えます。ひとを受容することと自分を受容することは同じことです。己れの心の”ありよう”、”ゆらぎ”を認めること。他者も私と同じく心が動いていると認めること。他者を赦すことで、己れをも赦す。寛容であることが肝要である、と。大切なことは、本当はみんなわかっています。利己的ではなく、世界は”利他”的であれと私は願う。他者に寄与する心は、己れの心を綺麗にする。他者は己れを映し出す鏡だ。鏡にみた夢。「幸せとはどんな状態ですか?」と、老いの深い九十代の老婦人に伺うと答えは明快で、「日々を穏やかな心で暮らせることよ」と話してくださいました。そう、私もほんとうにそう思う。

Profile

ヨースケ

Author:ヨースケ
Blood:B
Cycle:亥
Delight:読書/弾き語り/読み聞かせ

考え事が趣味みたいなもので、厄介で。
ひとに優しくいられたらいいなと思う。

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