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そこはかとなく書き綴る

Category : 随想
誰かの言葉や社会通念が呪いのように自分を縛るようで、そんな言葉の亡霊のようなものに囚われて悶々と唸り、しかるべきのちにフラットに0地点に帰着する。テレマーク姿勢で。

単純(シンプル)に好きって気持ちを大切にしたい。
好きって気持ちが人に伝わればよいけれど、反対に誰かを嫌いって気持ちなんてミジンコ程しか持っていないし、なにより面倒なのは自分自身の煩雑さなのだけれど、そんな自分さえも可愛く思うのだから僕は困った奴だ。

人でも物でも「好き」って気持ちが誰かから誰かに伝染し、連鎖して廻るその想いに人間に対する敬意が含まれるのなら、それはもう愛だ。(たぶんおそらく。Umm...いや、少し言い過ぎか。)

ずっと畏れていた。
――自分の想いが歪曲して他者に伝わることを。
そして、その想いが時に他人を惑わせ傷つけ疎遠になることを。
でもわかっている。
――そんなもの自分の心がつくった幻想だ。

面白くなきことを面白く、って目標だ。
たとえ面白くできなくとも日々を丁寧に暮らしたい。
どんな話でも耳を傾けて聴きたい。
目が醒めて眠れないのなら、眠りに落ちるまでそばに居てたい。

夜が明けると必ず朝は来るんだ。
そんなあたりまえの朝を迎えに行き、「おはようございます」と声をかける。

ザ・インタビュー

Category : 随想
近年、一個人に留まらず公人までがインターネットで短文投稿やブログで発言し、その結果つまらぬ諍いや罵り合いが時として炎上を引き起こし、その様子はまるで中世の魔女狩り裁判を思わせるようでさえあります。
ヨースケ(以下、ヨ)「そうですね。」

――ヨースケさんはそのようなことを進んでなさらない?
(ヨ)「いえ、私も血気盛んだった頃はネット上での汚い言葉のやりとりに、どうにか正してもらえないかと反論していたりしていましたね(笑)」
――意外です(笑)
(ヨ)「どんなに言葉を尽くしても、人間、簡単には他者の指摘を受け容れられないようで、好戦的な方に耳を貸してもらうことは特に難しいですね。それに、まず他人を嘲笑するような風潮が、、ね。」
――では、バラエティ番組のノリを真似たような展開は、、、
(ヨ)「苦手です。定型文みたいなのを返すことを強要されているようで…。でもお笑いが嫌いってわけではなくて、むしろお笑いは好きです!ピースやNON STYLE、小藪さんなんか大好きですね。あ、あと、学生の頃はフットボールアワーの岩尾に似てるって言われていました(笑)」

――普段、自分の考えを人に直接伝えることが苦手だというヨースケさん。頭の中ではどのようなことを考えてらっしゃるのでしょうか?
(ヨ)「言葉にしなくても、物事について後で真面目に考えたり、自分の発言を反芻させたり、言葉にできない靄のような思いを言語化しようとうんうん唸っていたりしますね(笑)」
――すごくしんどそうです。
(ヨ)「そのくせ報われる事も少ないですしね(笑)。でも調子のよい時は好きな音楽が頭のなかで流れている時がありますね。」
――その音楽は、例えば、、?
(ヨ)「GARNET CROWの楽曲は歌詞をよく読みながら聴いていたので、その時その時の心境を思う曲が浮かぶような気がします。…可笑しいですよね。」
――素敵だと思います。

――ちなみに今、どんな言葉が流れていますか?
(ヨ)「ねぇ はじめから傷つけあう 為に生まれたんじゃないと 思っていいでしょう?」
――『fill away』ですね。
(ヨ)「です!GARNET CROWの4thアルバム『I'm waiting 4 you』に収録されている曲です。

…って
雑誌のインタビュー記事のような展開を『逃げ恥』のみくりさんのように妄想することはできます。それにつけても、録画している『逃げ恥』の最終回、はよ見なきゃだわ。

この火は消さない

Category : 随想
ちいさいころ は かみさまがいて
ふしぎにゆめを かなえてくれた

と、歌われていますが大人になってもそんな不思議があっていいじゃないか!というか、願えば叶うと信じて、でも芽が出ず満を持している人達に対し厳しい現実を既成事実としてつきつける大人や、社会とかいうみえない敵と戦っているような感じ、やだ。

ぼくのちいさいころの夢は「よろず屋」だった。
ドラゴンクエストのダンジョン内で道具や装備などを取りそろえ商売をしてた「よろず屋」に何かを感じていたようだ。あと教育テレビでやってた人形劇で登場したくまさんも似たようなことをしていた。

何でも屋とはつまり便利屋で、人がやりたがらないようなことや面倒をする商売もあるのだろう。思えば介護も似たようなもの…とは飛躍し過ぎか。たとえば、電気が切れたとあれば電球を交換するとか。施設の相談員さんはそんなこともしている。

ふしぎ、は在ると思う。
願えば叶うとは限らぬが、何かをしてれば何かにつながるという実感はあります。

僕は将来について夢なんてみなかったし、ただ生きるだけでいっぱいいっぱいだけれど、ひょんな思いつきで参加したボランティアを7年続けています。活動していると誰も見てないようで見ていて、他にも活動の依頼などをいただけたり、ただ熟しているだけでも「縁」というものは生まれ、その縁を紡いでいるうちに気づけば楽器を始め、拙いながらも人前で演奏したり、絵本の読み聞かせを子供たちにしたりしています。(最初は高齢者を相手にしていたハズなのに)

「決まったレールの上を進む」とは好まない言い回しだ。
誰もがきっと自分の道を自分で選んで進んでる。
きっとみんな自分のやりたいように進めばいい。

人生はひとそれぞれで、家庭環境や人間関係、社会などを考慮すると、思うようにいかず、生きづらさを感じながら生活をしている人も少なからずいるはずで、たとえば取り上げられた問題についてネットニュースやSNSのコメントなどを拝見すると、常識的な考え方という皮をかぶりながら他者を冷笑したり敵意をもって攻撃する人間の本心を聞くような【声の大きさ】にますます生きづらく感じるのどうにかならんもんかね…と思わずにいられない気分になり、沈むこともあります。(※そしてこのように対象の知れない戯言をネットに発信する我が自意識に然るべきのちに悶絶することになるんですけどね…)

小さい頃に神様とやらが皆に居たというなら、
大人になった今も胸の内に居続けているはずだと。

――嗤われても構わない。
自分の内に秘めた闘志を燻らせているとしても、その火は消させやしない。

想ver.05.14

Category : 随想
オートマチックに思考してしまうスイッチを外したい。
頭蓋の内で電気信号の獣が走り回る。自身の行ないを悔い、みえないはずの他者の心の内を探り、みえないはずの世間という大きな妖(あやかし)に狂いそうになる時ある。

心配性、なのだそうだ。

途方もなく先の心配をし、知った気になっている未来に絶望し、現在を生きる自分を貶める。
心配性も限度を超えると厄介な病気みたいなもんだ。

さんざ暴れ回った挙句、寝て起きるとすっかり忘れているものだから大したものだ。
悪い夢…、そうなのかもしれぬ。
頭の中で想像していることってどれほど現実とリンクしてる?
きっとそれは自分の目でみた現実であって、きっと真実ではない。
あらゆる事象はただ在るだけ。想いや言葉がそれらを複雑にする。

自分を疑うくらいでいい塩梅。
借り物の自信で充ちた人の危うさったらない。

心配の種がなくなることはきっとないだろう。
皆、それぞれその種をもって生活していると知っただけで随分とラクになった気がする。
心配の芽が出る前に刈るか、花が咲くまで育てるか。

心配性な自分と付き合って共に生きよう。
そう思う。

想ver.03.14

Category : 随想
心の檻に滞った想いってやつを言葉にして放出しなければ均衡をとれない性質らしい。
もやもやとした言葉にならない感情を、思考を、既成概念を。


おふとんに潜って声に出すといい。
Ah--,a.a.a. ah--!!

自分が何を思い、考え、それらに囚われているのか
内なる言葉を発し、自分の耳で聴くと思い知らされる。

それらを知ったところで自分自身が変わるわけでは決してないけれど、
発した言葉はこちらに振れ戻り、バランスは取れるようになる。
立っていられる。大丈夫!

明日は今日の続きだ。
よく読み、よく食べ、よく眠ろう。

Profile

ヨースケ

Author:ヨースケ
Blood:B
Cycle:亥
Delight:読書/弾き語り

時々気が狂いそうになることもございますが、おおむね温厚です。

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