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しあわせって

Category : 随想
ぼくらプログラミングされているんだ、恋というプログラムが。
ひとが生きてゆくために、孤独感をとりあえず忘れるために。
しあわせって何か考えたときに、誰か想いを共有する相手が居るということがシアワセなんだって皆おもっている。

九十代のおばあ様に「しあわせって何?」と訊ねると、穏やかな心でいられることだと教えてくれた。それは孤独との向き合う方法だとも云えそうだけれど。
穏やかな心がどんなかは、私もなんとなく体感している。
そんなふうにいられる相手がそばにいればいいな、と思うくらいには私も恋してる。

ものごとをシンプルにしてゆくと
ひとのしあわせって、
私の想いを、肯定してもらえること、共感してもらえること、共有できること
それな。

all living things in to Spiral

Category : 随想
自分のことを肯定していようとおもう。

福祉のしごとをしていると、迷うことがある。迷うことばかりだ。他者を否定しないことは原則で、仮令どんな言動があってもその人のことを受容するようにつとめています。滅私、、、というわけでもないけれど、「私」と「あなた」は異なるのは当然のことで、違うからこそ互いにその違いを認め合えるように心を働かせる。思考が一方に偏らぬよう両者の中庸を探るよう言葉探し。

そんなだから最近は仕事が終わって帰宅すると、あたまがくたくたです。
なんなら、仕事中から脳みそが煮立ってしまってる感すらある。

だからこそ休みが重要で、オフの時間を充実させてくださいと医師から言われています。
趣味をたのしむ時間。音楽や漫画、小説を読む時間。
家族と一緒に食事をしながらお話しする時間を大切にしてください、と。

家族は近しい理解者だ。
自分のことを肯定してくれる一番の他者は家族だ。
肯定感に充たされてくると、私にも家族以外に認めてくれる人たちがいたことが思い浮かぶ。
私のことを理解しようとしてくれたり、同じような気持ちになってくれたり、やさしいまなざしを向けてくれたり、歌ってくれたり、演技してくれたり、無理矢理に私の世界を広げようとしてくれたり。ありがたいことでした。歳を重ね知る若き日の周りの人の有難さ。

今の私は、私を肯定しようとしてくれたあなたのおかげで生きています。
私もそんな人間でありたいと思う。

これからも悩むこと、選択を誤ることもあるだろう。
それでも私はひとりではない。
親切にしてくれた人のやさしさと共にある。

めぐる、めぐる、やさしさの連鎖反応。繋がるスパイラル。Spiraling heart...

馬占

Category : 随想
洋輔はパソコンのモニタにうつる今日の競馬予想の情報に頭を働かせている。昨今は競馬予想にもAIが活用され、高配当を的中させることもあるので洋輔はソレを無視できず買い目は混迷。馬券を買うようになって幾数年経つだろう。パソコンのエクセルで収支記録を取るようになってそのデータは二十年になる。

競馬予想は占いだ――と誰かが言った。
運勢というのが果たして在るのか、と云えばたしかなことは、わからない。神社仏閣巡りをすれば、なるほど気分は晴れやかになる。しかし、「いいこと」が起こるかどうかは個人の気の持ちようだと洋輔は想う。

ディヴィナシオンという馬がいる。Divination。フランス語で「占い」を意味する名前の馬だが、洋輔は彼が牡馬クラシックへの出走を占う弥生賞ディープインパクト記念というレースにその名を出馬表で確かめたその時に占い気分でその馬を買った。9番人気で11着。その後その馬がどんな成績を残したのかは知らなかったが、毎週視聴する競馬番組のメインレースで彼の名を三年ぶりに目にする。なるほど時間をかけてオープン級まで登ってきたか。そしてその日の重賞レースで15番人気で2着に激走するのを目にする。

占いってなんだ!?
運ってなんだよ!?

競馬を長く続けていると、ソレに翻弄されている気分になる。
――馬券を買わなければ来るし、買ったら来ない。
「生涯収支マイナス2億円君」の云う言葉は真理だ。

洋輔は袋の中の干菓子を割り、その割れ目具合で自分の運勢が何たるかを占ってみた。
勿論そんなもので何も、何も運気など占えない。
次、ディヴィナシオンを買ったところで、多分また裏切られることだろう。
穴馬が来るのなんて気まぐれ。そうだ神様も気まぐれだ。

洋輔は神様のゴキゲンを伺おうと五円玉を握り、家から近くの神社へと向かった。

みんなこども

Category : 随想
先日、小中高時代の同級生と食事をしました。
こどもが中学生になるとか、一周巡ってぼくらが遊んでた頃と同じ年代の子がいるってことに驚きだよ。

友人と会うと、自分たちの小中学生時代の思い出話になるし、みんなよくそんな詳細エピソード覚えてんなあって思うし、ああ自分は子どもの頃は、のほほんとすごしていたんだなあと思い知る。

今回初めて知ったことなのだけれど、僕は「キレたらヤバい奴」と認知されていたもよう。
そういえば幸いなことにイジメも暴力も理不尽も直接の被害はなく平和に学生してた。
友が話すには、うちらの学年は荒れていたそうで、体育の授業で運動に自信のあるやんちゃな子が、格下だとされている子にタイムで負けたことに許されず、トイレでその子をボコっていたとか。ひとりの子に集団でリンチもあったとか。知らなかった。ほんとうに。なんてのんきなんだオレ。

幼少期を一緒にすごした存在は、たからもの。
大人になっても、こころはあの頃のまま変わらない。
その心を、そっと開放することができる存在。

過去は今を生きる栄養になる。
ご年配の方も、子どもの頃の話をされると、生きてる!って思う。
時代は異なっても、そのキオクは共有できる。

みんなこども。
みんなおとうさんやおかあさんのこども。

まぼろしのようなあなたへ

Category : 随想
やさしい物語に、ふれました。

<人間はね、みんなそうなんだ。誰かにあこがれてあんなふうになりたいって思って、いつかその人を、その人の姿の幻をおいこしてゆくんだ。そうして、おとなになってゆくんだよ>

あれは春の日のことでした。
きっと私は彼女に恋をしていた。
恋という名の、あこがれ。
私は彼女になりたかったのかもしれない。

ただ微笑み、そばにいる。
誰かの隣にそっと寄り添えるひとに、私はなりたい。

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ヨースケ

Author:ヨースケ
Blood:B
Cycle:亥
Delight:読書/弾き語り/読み聞かせ

考え事が趣味みたいなもので、厄介で。
ひとに優しくいられたらいいなと思う。

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