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ジゾウボサツ

Category : 随想
ぼくは、中学生の頃、地蔵だった。
こどもの「守り神」の…という地蔵菩薩の性質という意味ではなく、
動けない子、という意味で。

背が低く、身長を伸ばしたいという動機でバレーボール部に入部した。
二年生になり、上級生が引退し、自然とレギュラーに選ばれたけれど、
変わらず背は低く、攻撃の駒として使えぬ選手だった。

顧問の先生も熱心に指導してくださり、
皆がスパイク練習をしているあいだ、
つきっきりで守備の練習に時間をかけていただいた。

で、地蔵。
ぼくは、なぜか守備で一歩も足が前へ出ず、守備範囲がすごく狭いひとだったのです。
足に根が生えてると揶揄されることも。

ある日、顧問のひとりが地蔵のキーホルダーをぼくに渡した。
ぼくは皮肉の通じる人間ではなかったので、
その教員の意図がわからず、そのプレゼントをなにか特別な気持ちでいたように記憶しています。

その地蔵キーホルダーは、ぼくが教室の机の上に誇らしく置いてるのをクラスメイトの誰かが盗ってしまったのでもう持っていないけれど、今はそのクラスの誰かに感謝している。

さりとて、地蔵の呪いは解けず、
相変わらず守備範囲は狭く、それは高校へ進学しても狭く、
あー、これは自分の性格そのものだな。
一歩を踏み出すことを躊躇するのは、なにもバレーボールに限ったことでなかった。

ハイキュー!!という漫画を読み、バレーボールと新しく出会い直しました。
体格に恵まれなくても、前を、上を向く。頂の景色をめざす。

過去へタイムスリップする。記憶の中で、脳内で。
そして「今」の自分が、学生時代の自分と出会い直し、許した。

顧問の先生がくれた地蔵のキーホルダー。
あれは、ボクはチームの守り神だよ――というメッセージも込めてあったのかもよ。

ダンシャリ

Category : 日常的雑記
一般家庭の住人がその道のプロに導かれ、断捨離をするテレビ番組を見てる、母が。
断捨離という言葉が市民権を得たのは、いつ頃からだろう。
少なからず影響を受ける私は、
部屋の片づけをし、断捨離をはじめました。
そうして作業を進めるうちにモノを整理することは、心も整理することと繋がっていると感じるようになりました。

フリマアプリで出品しても手数料や送料を考えると僅かな利益にしかならないモノや買い手のつきそうにないモノは、リサイクルへ。
そして思うんだ…
ほんとうに必要なもの以外は、まず安易に購入しないように…って!
それはほんとうに必要なモノかな?って立ち止まり、
必要なもの…それは、
所有していて気分の上がるもの。心がときめくもの。
瞬間的に物欲を刺激され、感情を操作されていないモノ。
自分にとっての真贋を選ぶ目をもちたいって考えるようになりました。

モノが整理され、心が整理されると、頭もクリアになる気がしていて、
もしかしたら、モノを手放すことで心も解放されるのかしらん。

自分の「目」をもつこと。
心からいいな!と思うモノやコトだけに金銭を対価に払うことが
欲や執着を祓うことにもなるのかもしれないなぁってね、今、思っています。

歌詞(仮)

Category : 随想
******* ***

ねえ 私の想いを
他人ひとに委ねるのは 愚か.ね
こころの声に 耳をすまして
受け入れてゆくしかないでしょ?

ねえ 一番の理解者は
自分以外にいるとでもいうの?
優しい表情かおで ただうなずいて
笑っていてほしいの





西陽射す部屋でひとりの僕と
ひとりではないんだと言う君の
交差する未来をみたい なんて... mystery

められた 幸福を 手放した
用意さつくられた 欲しいもの ナニモナイ
この道行きは絶望的...ナノ...カナ?

(自由を求めながら...
孤独を畏れている!!)

******* ***

前職場の上司であり
音楽の友である人が
作曲したボカロ音源をラインで送ってきて感想を返事するうちに
自分も拙いながら作詞作曲の真似事などしてみる。

思いついたフレーズを鼻歌録音し
それを譜面におこすアプリを使い作曲。
スマホ便利。

ラインしているうちに
先輩は作曲。自分は作詞。だな、と。
作った曲の一部を送り、メロディをつけてもらい
それにまた詞をつける。

作詞家ごっこ。
ちょっとたのしいです。

言葉の力を信じている

Category : 随想
吃音の方が、どもりそうになる瞬間に(わかるようです)、その単語を発音する瞬間に、別の言葉の言い回しに変換させ、どもらないで言葉にするという話をされていました。語彙力(ボキャブラリー)だいじ。

スポーツ選手は、自分の武器を捨て進化し続けていく人間なのだと知った、漫画で。
プロ野球選手だって全盛期は…とか、ピークが…とか、みんなわかったふうに管巻きながら言うけれど、トップで長く活躍する人たちは、変化を畏れていないのだ。自分の打撃フォームや投球フォームを改造することで不調を脱したり、また新しい技術を習得することで勝負の世界を生きているのだと想像します。

ひとは、得意なこと、自分のスタイルを確立すると、
その型にハマるように行動するのは、自然なことなのでしょう。

もし、社会生活につまづいた時、
自分のそれまでのスタイルを捨て、新たな生き方を選択することって、
言葉にするのは容易でも、実際には、とてもむずかしい。

自分が正しいと信じていたことが
まさか自分を追いつめることになるなんて。

固定概念を打ち破れ――とは、女性アイドルも歌う時代。
不協和音を畏れない――ってね。

ひとは幸運なことに、忘れていく生物だから。
自分を責めるダレカの声も、
誰だったっけ?って忘れてしまうよ。
不快感は残滓としてあるけれど、
心の亡い人間の言葉なんて、ぼくには響かない。

変化と進化。
利己的、独善的な圧に耐えうる語彙力。想像力。

畏れずに言葉にするよ。
言葉でつくれ、自分のスタイルを。
これからも此処にはとどまらない。

弱さを知った、強みをもって。

「お笑い」ってさ

Category : 随想
「お笑い」についてずっと考えていたのだと思う。

みんなたのしそうにフザケあったり、冗談を言ってたのしそうにしているのを、(いいなあ)と思いつつ、いつも自分は友だちの冗談をテンポよく返せなくて、ボケて返そうとしたときにはもう別の話題に…みたいな不遇の時期が長くありましたね…。

その間、(あの時はこう返すのが正解だった…!)とか
(ああ言えば、もっと面白いハズだったのに…!)とか
もう二度とソレを言うタイミングのないボケ返しのストックをひとり貯めていたんだなあ…

若い頃は、
知的にふるまって奇をてらった発言が面白いのだと信じていた。
ただ「なんでやねん」という言葉がほしくて、
みんなが思いつかないようなことを言いたいと、お笑い瞬発力のないくせに考えていたなあ…

今、大人になって思う「お笑い」とは
共感を伴う安心感…だね。

別に大袈裟にテンション上げてボケなくても
なんかなー
ほっこりするわ。…みたいな、ゆんわりしたボケ。

たとえば、物忘れのある自然のお年寄りに向かって
「なんでやねん」
「さっきもゆうたやろ」
「あほか」

…とは言わない。
(言ってしまう人たまにおるけど)基本良識ある人は、言わない。

でも、高齢者施設で働き、感じることは、
(※時と場合により)ご自身の心身のままならなさを
「お笑い」にしてほしいという感覚もなくはないのかな、とか思う。

それは、ここ、関西の土地柄ゆえ…なのかもしれないですけれど。

なんであってもね、
和やかな空気で、笑えるような空間って
ひとは安心できるというか、求めているんではないかと思うんですね。

で、ぼくの思う「お笑い」って
あははー、そうやねえ
みんな違っているようで、みんな同じやねえ
っていう安心感のある笑い。

「しんどいなー」
「しんどいなー」
言うてはる90歳超えたおばあさんも
どこかで、「ぼくもしんどいんですよー」という言葉を求めているように

不安感もったひとたちにも
四季が巡り、春が来るこの時期に
「今年もなんとか冬を越しましたな…」と、

コロナ禍で大変な時代ですが、
「なんとか生きてますねえ…」と、

空を見上げながら、にこりと笑い合える
ふくふくとした「お笑い」があって、いいよね…?

Profile

ヨースケ

Author:ヨースケ
Blood:B
Cycle:亥
Delight:読書/弾き語り

考え事が趣味みたいなもので、厄介で。
ひとに優しくいられたらいいなと思う。

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